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研究報告要約

国際交流

2-203

目的

松島 さくら子

漆はアジア独特の天然工芸素材である。化学塗料や樹脂など様々な素材が生み出されている現代でもなお漆芸家たちは手間も時間もかかる漆を使用し、その装飾と造形を追求し続けているのには、天然素材ならではの魅力と表現、伝統、無限の造形の可能性があるからに他ならない。しかし世界の漆産業は生活環境の変化に伴い低迷の一途を辿っている。この状況を打開するため当事業がアジアの漆器生産者や漆芸家・研究者と行ってきた技術交流と造形研究を総括し、その意義と現状を見つめ、新たなる造形価値を創造し、漆芸文化を未来へ継承するため展示とシンポジウムを実施する。変化するライフスタイルの中で、漆という素材が、私たちの住空間にどのようにアプローチできるだろうか。プラスチックごみが環境汚染として看過できない状況にある今、天然素材である漆は現代社会に何を提案できるだろうか。各国の漆造形家や漆芸家と、そのデザインと造形について情報交換セミナーを行い、その成果を造形提案作品として東京にて発信する。展覧会のほか、オンラインとデジタル資料による各国の漆芸の紹介,技術紹介,インタビューと多岐にわたり交流を行う。日本の伝統でありアジアの遺産でもある漆造形の革新を世界へ向けて発信し、相互理解と発展を目指している。

代表の松島が,ミャンマーを中心とした漆工芸を通した交流活動を行うために、任意団体(ミャンマー伝統工芸学術支援事業)として設立した。現在は,アジア漆工芸学術支援事業と改称し、ミャンマーのみならず、アジアで広く漆を通した交流活動・漆工芸の普及を目的に活動を行っている。 1.工芸教育機関との漆工芸教育支援交流、2.アジア漆工芸の調査研究である。左記の現地活動を通し、日本の漆芸表現や技術をアジア各地で紹介すると共に、アジアの現状を日本に紹介し比較検証し、漆工芸の可能性と発展を提唱していくことを目的とする。
プラスチックごみによる環境汚染、温暖化による環境の変化と脅威が看過できない状況にある今、天然素材である漆は現代社会に何を提案できるだろうか。歴史的にも海上ルートにて結ばれ、交易や文化の関わりが深い東南アジアの漆芸の伝統造形と可能性・素晴らしさを発信することで、持続可能な生産と消費、地球環境そのものの問題を考え、日本と各国との相互理解を深め、平和への祈りを発信できることを願っている。

内容

新型コロナ肺炎の感染拡大時に事業を予定していたため、事業の延期及び内容の変更をいたしました。申請書からの変更内容は以下に記します。

・企画名
変更前 世界のうるし―装飾と造形―展覧会及びシンポジウム
変更後 アジア漆の造形と祈り―東南アジアの漆―展覧会及びシンポジウム

・会期・会場
変更前2020年9月26日(土)~10月25日(日)
   東京藝術大学大学美術館 B2F 展示室1, 2
変更後 9月24日(土)~10月4日(火)
   東京藝術大学大学美術館陳列館 1階

・出品作家国
変更前 ミャンマー・ベトナム・タイ・カンボジア・ラオス・ブータン等の国から選抜した漆芸作品
変更後 ミャンマー・ベトナム・タイ・カンボジア・ラオス・日本等の国から選抜した漆芸作品

・事業の一部の開催形式の変更
会場の内の密・海外から渡航不確定・参加者の時差を考え、以下の項目(講演・パネルディスカッション・技術公開)をオンデマンド・オンライン (ビデオ資料提示等)を取り入れて開催にすることとした。

変更前
シンポジウム
・講演 (オンライン/来場)日時:2022年9月24日(土)
 主題:アジア各地の漆工芸の現状と未来への取組み関する講演 (英語通訳)
・パネルディスカッション (オンライン/来場)
 日時:2022年9月24日(土) 主題:日本とアジア漆工芸の現状と未来への遺産(仮題)
・技術公開(オンライン)・ワークショップ (来場)
 日時:2022年10月1日(土) 内容:日本とアジアの伝統漆芸技法

変更後
シンポジウムに代わり、ギャラリートーク、ビデオアーカイブ、技術紹介、ビデオインタビュー映像等の資料を制作し会期中常時モニターで視聴できるようにした。 9/24(土)〜10/4(火)
・ギャラリートーク 9/25(日)・10/2(日) 14:30~ 陳列館1階
・ビデオ資料制作放映(ビデオアーカイブ・技術紹介、ビデオインタビュー)
・展覧会の出品作品、各国の漆工芸の歴史変遷、現状、表現と技術について、当事業実行委員会及び専門家の執筆による図録書を出版した。
・来日した出品作家との茨城県大子町へ漆植林地及び漆芸工房の見学を行なった。 9/26(月)

方法

1) 展覧会
2022年9月24日(土)〜10月4日(火) 11日間 (9/22-23展示, 10/5搬出)
場所: 東京藝術大学大学美術館陳列館 1F入場無料

展示内容 1-アジアの多彩な漆芸装飾, 2-アジアの漆造形の展開, 3-ポスター資料展示
ミャンマー・ベトナム・タイ・カンボジア・ラオス・日本から選抜した作品約70点を展示
・漆画作品 Trinh Tuan (ベトナム), Cong Kim Hoa(ベトナム), 安藤彩英子(ベトナム/日本), Lipikorn Makeaw(タイ), Pumrapee Konglit(タイ)
・漆造形作品 Sumanatsya Voharn(タイ) , Eric STocker(カンボジア/フランス) , Sha Sha Higby(USA),日本人代表作家8名 他
・漆器 U Maung Maung (ミャンマー), Daw Maw Maw(ミャンマー) , Marie-do (ラオス/フランス),Veronica Gritsenko(ミャンマー/ウクライナ), 井波 純(日本), 他

2)ギャラリートーク
9/25(日)・10/2(日) 14:30~ 東京藝術大学大学美術館陳列館1階
来日可能な海外の出品作家・日本人作家・専門家を招聘。会場にて東南アジアの漆作品についてのトークを行ってもらった。
自身の作品の紹介・解説をしてもらい、司会者や鑑賞者と相互にやりとりをしながら、漆工芸・漆産業への興味関心と理解を深める機会とした。

3)シンポジウム (ビデオ資料放映)
ビデオインタビュー : アジア各地の漆工芸の現状と未来への取組み関するビデオインタビュー(日本語英語字幕)を会場で常時モニターで視聴できるようにした。
取材した各国の漆工芸ビデオアーカイブを発信するとともに、日本, タイ, ミャンマー漆芸研究・漆器製造者・漆芸家にコロナ禍の各国の漆芸現状を語っていただいた。

技術公開 : 東南アジアの漆芸技法公開 ベトナムの螺鈿 タイの箔絵 ミャンマーの蒟醤 をビデオ記録として(日本語英語字幕)制作し、会場で常時モニターで視聴できるようにした。

ビデオアーカイブ : ベトナムとタイの漆芸現状ビデオ(日本語英語字幕)を作成し、会場で常時モニターで視聴できるようにした。

 また当事業ホームページにおいてもビデオインタビューとビデオアーカイブの無料配信を行い、随時視聴できるようになっている。

結論・考察

助成金の活用により、充実した内容のビデオ資料・掲示資料の制作、宣伝・印刷物の作成、展示作品の精選をした。東南アジアの現代漆芸の伝統と造形を一堂に紹介することは日本で初めてのことであり、造形の可能性、多様な装飾の素晴らしさを発信することができた。コロナ禍による影響で、パネルディスカッションやワークショップの代替として、事前に用意したビデオインタビューやビデオアーカイブの会場での視聴が、アジアの漆工芸についての理解を深めることに大変効果的であり、来場者にも好評であった。活動を通して漆の作品が発する静寂さと深遠さ、伝統と現代のつながり、そして日本と各国との相互理解を深め、平和への祈りを発信できたと考えている。

11日間で3200名以上の来館があったことは多くの方に興味関心をもってもらえたとアンケート結果からも読み取れる。来館者によりSNS等での発信もされ、その反響も大きかった。特に現代作家の大型のオブジェ作品、ベトナムの漆画は、空間への漆デザインの新たなる提案にもつながった。またミャンマーの供物入れは寺院などの祈りの空間で使用されてきたものであり、現代建築空間への造形の応用にも期待したい。また、主にタイの作家からは、デザイナーが多くいたこともあり、クラフト・プロダクトデザインからの視点から、環境に優しく二酸化炭素を出さない伝統的な漆素材に注目したデザイン表現の展開が見られた。椰子の葉をプレスした皿は使い捨て用として使用さえてきたが、Rushはそれに漆を塗り繰り返し使用できるだけでなく装飾を施し、新たな価値に転化させた。Siwakorn は、農業廃棄物である木粉や木材繊維類を漆で固め、丈夫な器へと再生させた。

外国から11名の作家が来日することができ、日本人作家4名とともに、ギャラリートーク、パフォーマンス、茨城県大子への植栽地見学など活動は多岐にわたった。しかしながら、已然コロナ禍の情勢の不安定さにより、東南アジア各国との交流が以前の様にはできていない状況であるが、今回の展覧会に用意したビデオインタヴューやビデオアーカイブの活用により、現地に赴かなくても活動を継続させていく手立てがあることを実感している。現地で実際に顔を合わせ、作品を手に取り、各国の空気を感じながらの活動は一番望ましい姿ではあるが、オンラインによる交流はより多くの人々に活動や漆工芸の様子を紹介できるチャンスにもなり得る。現状を嘆くのではなく、新しい交流方法を考え、またより多くの人々に興味関心を持ってもらい支援につなげ、アジアの漆工芸の新たな価値の発見、次世代へ継承していけるような機会を生み出していきたい。

展覧会のテーマを「東南アジアの漆」に特化したことで観覧者にも主催者の意図が伝わりやすく、作品のみならず作品の背景にある各国の様子にまで視線を向けるきっかけとなったように感じる。漆工芸に携わる人々を対象としたものばかりでなく、これまで日本の漆工芸も含め東南アジアの漆工芸に触れてこなかった人にも理解しやすく、身近に感じられるような紹介や取り組みも検討していきたい。これまでの作家同士の交流や活動が今回の展覧会の成功にも繋がったことを確信しており今後も互いに支えあい高め合えるような活動を途切れることなく行って参りたい。

元来、東南アジアでは日常品に漆が用いられてきたが、それだけでなく仏像・仏具・供物器など「祈り」の場面で使用されてきた。この3年間全世界の人々が翻弄されてきたコロナ禍に加え、軍事クーデターや戦争が起り、漆工芸に携わる人々の中には、不条理な状況に立たされている人も少なくない。「祈り」の場面で使用されてきた漆の造形を通して、平和のための祈りのメッセージとなることを祈り、願い活動を継続してまいりたい。

英文要約

研究題目

“Urushi Forms and Hope – Lacquer Art in Southeast Asia-”
Lacquer Craft Design Exchange Program

申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名

Sakurako Matsushima
Professor, Utsunomiya University.
Executive Director, Asian Lacquer Craft Exchange Research Program Executive Committee.

本文

Trade between Asian nations strengthened contact and exchange between these societies. Kinma lacquerware from Thailand and Myanmar, for example, first reached Japan centuries ago. Asian lacquer cultures rooted in religious faith and attachment to nature continued to develop over the centuries. Today in the modern era, the flourishing of lacquer art has created remarkably alluring object art and painting.
However, the hurried pace of industrialization and modern life has caused massive environmental damage. Pollution of chemical and plastic waste threatens the future of our planet. In contrast, lacquer is a natural product and lacquer crafts a meditative art. Working with natural lacquer requires a high degree of skill and artistry using techniques developed over centuries. It was our hope that visitors to the “Urushi Forms and Hope” appreciated and admired not only the beauty and diversity of lacquer arts but also, in these troubled and stressful times, noted the serenity and patience with which this art is made and its nexus between tradition and modernity.
This exhibition showcased 70 pieces by artists from Thailand, Myanmar, Vietnam, Cambodia, and Laos, as well as artists from Japan, France, the United States, and Ukraine who have been influenced by Southeast Asian cultures. Some of the lacquerware, object art, Buddhist statues and painting reflect techniques and expressions unique to each culture.
While showcasing the possibilities and excellence of Southeast Asian lacquer arts, culture and traditions, we hope that the event also helped deepen mutual understanding and peace between all nations and peoples.

Dates: 24 September (Sat) – 4 October (Tue)
Venue: 1F, Chinretsukan Gallery, The University Art Museum, Tokyo University of the Arts
Organizers: Asian Lacquer Crafts Exchange Research Project Executive Committee, and Urushi-Art Department, Tokyo University of the Arts
Financial Support: Nomura Foundation, Union Foundation for Ergodesign for Culture, Pola Art Foundation, The Kao Foundation for Arts and Science, The Satoh Artcraft Research & Scholarship, Foundation for Cultural Heritage and Art Research Foundation, Japan Arts Council
Support: The Japan Foundation

Gallery Talk 9/25(SUN)14:30~,10/2(SUN) 14:30~
Performance 10/2(SUN) 15:30~

URL: https://asian-urushi.com

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