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審査講評

テーマ:「記憶の建築」

審査員/田根 剛 氏 

最初にユニオン造形文化財団が30年もの間、建築文化を継続して支え下さったことに深く感謝の意を示したいと思います。

 

第30回となるユニオン造形デザイン賞のコンペでは、『記憶の建築』という大きな課題をテーマに設定した。これから先の時代、記憶が人類にとってより大きな意味を持つことになると直観している。同時に、テーマである記憶に答えはない。建築にも正解はない。古代から人類がとめどなく考え続けてきた大きな問いを掲げさせてもらった。そのテーマは壮大でもあり難題であったと思う。ただ、その試行錯誤の深淵から生まれる建築を期待していた。

 

同時に「記憶」に対して、ある程度予想はしていたが記憶=過去または歴史性など、記憶を固定的に捉えているものには既知感があった。また個人の記憶をなぞる様な小さな物語も、飛躍することに躊躇し、身近な建築に安住するようでもあった。記憶にはもっと深い可能性を秘めている。

 

一方で、建築のコンペとしてプレゼンテーションは表現である。一枚の図面に対して、どの様なドローイングで表現するか、そこを大きな審査基準とした。解説や説明を突き抜けるアイデア、一枚のドローイング、それがコンペであり、設計競技であり、建築として語り継ぐことが出来る。それは以下の文章からも求めていたことである。

 

記憶を建築することが、古代や中世では創造の源泉であったように、古代ギリシャ神話では記憶の女神ムネモシュネーが芸術の母として君臨し、15世紀のラモン・リュイは記憶術によって中世の思想に階層や系統を与え、ジャンバッティスタ・ノッリは18世紀のローマの地図によって図と地の概念を覆し、フランス革命期におけるブレ、ルドゥー、ルクーのドローイング群はいまも強い影響を与え続けている。

 

 

大賞に選ばれた岩下案の「shadow tracing on desert」は、記憶だけで建築を構築している。砂漠という漠然とした場所の設定、そこは過去なのか未来なのか時代は読み取れない。古代の遺跡の様でもあり、また未来を想起させるような、時間軸の喪失が巧妙であり、見る側の想像力を掻き立てる点が際立っていた。影の痕跡を陽の光や月の光によって構築し、その居住領域を拡張した先から他者による侵食と生命の生成が始まる。建築における詩学が失われるグローバルな時代において、建築の根源に立ち向かうことと詩的な文法による構想が総合的に特質していました。

 

優秀賞・鴛海案「記憶のからくり箱」は、記憶の構造をよく理解した案であった。記憶には連鎖機能がある。欠片や異なる階層が連鎖し、ある物事は別の物事を連想させていく。その連鎖性は時間軸すら入れ替わり、記憶が覚醒することがある。この案では垂直な塔が時間軸によって構築され、または蓄積され、階層的に沈殿していく。安定と不安定、上下による沈下、混濁とした状態、それでも世界から物質は削除されないことを建築が引き受けている様でした。

 

優秀賞・北島案「文様替え」は、具体的な提案であった。タイルという素材と物質性、紋様と可変性に着目し、様々な調査や研究や綿密な考察を通して積極的な街景観の提案まで持ち込んでいる。廃棄後の潜在性、生産地と処分先と地域、産業化された街並みに対して、タイルを単語として地域の文法を構築し、街へと文脈化することで、街づくりの文化性や文学性の構築に可能性が秘められる。一方で、最終的なドローイングは凡庸な風景に留めずに、もっと突き抜けて欲しかった。

 

奨励賞の矢野案「BIOTECTURE」は、本来は共存すべき存在が二項対立に図式化された状態を建築が不完全になることで融和させ、生命力を持たせる試みであった。本案はなぜか一般の木造住宅を基盤とし、それらが部分で生物的に変容し、各所で不明な変貌を遂げている。ここでの不連続な生物的活動が魅惑に溢れていました。

 

奨励賞の東野案「elusive qualities」は文字だけの構成であった。建物を用いずに日常の写真と先人の言葉で建築を想起させる知的かつ挑発的な試みであった。言葉と感覚、新しさと距離、消費と造形、そして未来について「素」を語る「質」への問い掛け。そこから建築をつくる勇気に踏み込んでほしいと興味が湧きました。

 

奨励賞の小泉案「カヤスケープ」は都市の風景と再生として大胆な発想を元にした水平に伸びるプレゼンテーションが際立っていた。近代都市では、建設に必要な素材はサービス産業化されています。それを再び都心部に資材の生産の場をつくる大胆な建設の営みを回復しようとする試みは逞しく思いました。

 

 

今回、コンペを審査する機会を頂き、応募作品のひとつひとつに目を通しながら、私自身も建築について考え、それらから学ぶ機会となりました。コンペは誰に頼まれるものでもなく、建築をつくりたいというチャレンジ精神から生まれるものです。今回も全国各地から応募頂き、多様な作品が集まったことに感謝します。そして何よりもユニオン造形デザイン賞が、これからも次世代の未来に向けた創造的な場として受け継がれていくことを願っています。

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Photo: Yoshiaki Tsutsui

Profile

1979年 東京生まれ

2002年 北海道東海大学芸術工学部建築学科卒業

2003年 デンマーク王立芸術学院・客員研究員

2003-04年ヘニング・ラーセン勤務(デンマーク)

2004-05年デビット・アジャイエ事務所勤務(イギリス)

2006-16年 Dorell.Ghotmeh.Tane / Architects 共同設立 (フランス)

2012-19年 コロンビア大学GSAPP講師

2017年 - ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects設立(フランス)

 

主な受賞

2022  フランス芸術文化勲章シュヴァリエ

2022 第32回BELCA賞

2021 フランス国外建築賞グランプリ

2021 毎日デザイン賞

2018 ヨーロッパミュージアムForum - Kenneth Hudson 賞

2017 第 67 回芸術選奨文部科学大臣新人賞

2017  エストニア文化基金賞グランプリ

2017 ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞 ノミネート

2021 フランス国外建築賞グランプリ

2016  フランス建築アカデミー新人賞

2008  フランス文化庁新進建築家賞

 

主な作品

帝国ホテル 東京・新本館・2036年完成予定・(東京・日本)

Vitra ― Tane Garden House・2023年・(ヴァイル・アム・ライン・ドイツ)

アルサーニ・コレクション財団美術館・2021年(パリ・フランス)

弘前れんが倉庫美術館・2020年(青森・日本)

エストニア国立博物館・2016年(タルトゥ・エストニア)

 

著書

『TSUYOSHI TANE Archaeology of the Future』(TOTO出版)

『アーキオロジーからアーキテクチャーへ』(TOTO出版)

『弘前れんが倉庫美術館』(PIEインターナショナル)

『Tane Garden House』(ヴィトラ・デザイン・ミュージアム)

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