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審査講評

テーマ:「ふるまいの共振」

審査員/中村 拓志 氏 

ⒸKEI Tanaka

素晴らしい空間には、固有のふるまいとそれに伴う感性が埋め込まれている。その場の空気感や音環境、風の流れ、座った時の目線の高さ、窓から見える風景といったように、その空間と時間に身を置き、ふるまう瞬間の中にしか見えないものがある。

この課題では、観念や言葉で考えるのではなく、身体で考え、生きいきとした生活やそこに共に居る人同士の共感を紡ぐための方法論を期待した。

そんな中で、実にレベルの高い作品が集まった。まずは受賞作をひとつずつ見ていきたい。

最優秀賞の香月弥樹さんの「都市裸裸裸実験」は、脱がす建築である。服や下着の部位とそれを脱ぐふるまいに焦点を当てて設計されており、安部公房を思わせる実存主義的アプローチはくすっと笑ってしまうようなシュールさがあった。大都会にありながら人間の剥き出しの動物的身体性を実感できるような空間は、近年ブームのサウナやヨガ、瞑想といったマインドフルネスなふるまいを想起させた。

「ととのう」と呼ばれる身体感覚の共有は、ノンフィジカルな情報空間の拡大と相反するように支持を集め、これからの空間の一つの価値となるだろう。機能主義が目的を持って役割を果たすためのwell-doing(ウェルドゥーイング)の建築だとすると、「ふるまいの設計」が目指すのは、ただふるまい、居るだけで満たされている状態、つまりwell-being(ウェルビーイング)に向けた建築なのである。

優秀賞は5作品とした。最優秀賞と大きな優劣は無いので、自信を持って欲しい。

小竹隼人さんの「ミズタマリ」は、アスファルト道路の高低差わずか6ミリの範囲を操作することで路上に様々な平面を生み出し、それらが蒸発や浸透によって姿を変えるという時間軸をもった提案である。そこで生まれる詩的な現象とふるまいの共振は見事で、最優秀と同等の評価をした。

永高裕太さんの「時層の根」も最優秀に拮抗した。根や幹の保護カバーが人の依代となって、使い手の解釈によってさまざまに機能を変化させている。異種金属の多層メッキ仕上げが第二の樹皮となり、人々の寄り付きに応じて削れ、それらがグラデーション状にふるまいの蓄積として現れることで、時間を超えた共振を生み出そうとしている。

鳥山亜紗子さんの「雨のうけみち」は壁の角度を微細に操作することで雨の吹き込み方、壁の伝い方などのバリエーションを作り、それに伴うふるまいの共振を図るもので、美しい提案であった。

杉山翔太さんの「荒廃した地に敷居を建築する」は、日本がこれから国力を失い、均等な公共インフラサービスの維持が困難な現実を引き受けながらも、そこに生きていく覚悟を退廃の美学と共に感じさせる作品であった。敷居を機能拡張した最小限のランドスケープには、腐朽を測り、国土を見守るというふるまいの創造があった。

廣瀬貴大さんの「窓を開ければ猫が鳴く」は、コロナ禍で換気のために窓を開ける操作が公共性を獲得しつつある現状を見つめ、それをコミュニティの契機とする提案である。仕掛け自体はアイディアコンペでよく見られる形式だが、時代精神に繋がる可能性を感じた。

以下の4作品を佳作とした。

佐野雄基さんの「共振をはじめる家」は郊外の均一に住宅が並ぶ分譲住宅街に現れる2メートルの隙間を活かして、地域の公共的な役割を個人住宅が担うという点に時代性を感じた。

谷本優斗さんの「さはり【触り・障り】の家 -手間から生まれるふるまいの輪-」は、遠回りせよ、切り替えを多くせよ、疲れさせよ、などと手間がかかる空間的設えこそがふるまいを創り出し、それを共振させるという案である。利便性が加速する社会の中でふるまいの豊かさを問うことの逆進性を鮮やかに示した。

前村真太郎さんの「Ringing Garden」は祖父母の庭の井戸の周りのわずか2m四方の水や人、自然のふるまいを観察する微視的なスタンスを評価した。

伊藤健さんの「12オルタナティブランゲージ」は、洗濯、食事、入浴といったさまざまなふるまいを解像度高く解析し、12人の住人が儀式としてそれらを強調することのできる集合住宅を作るという、抽象度の高い提案であった。

今回、応募作品には繊細な自然現象やマイナーで見過ごされている産業、土地の微差、多動性障害に関わるふるまいなど、新鮮な着眼と言語化しにくいものを見つめる情熱、そして身辺から思考するリアリティがあった。ただし、それを空間にすることや、その魅力を伝える技術には改善の余地があった。また、ふるまいの共振を詳しく記述した作品は少なかったが、強調しすぎると全体主義的な気持ち悪さがあるから控えたのだろうと、そこは自分で想像しながら読みこんだ。

不思議なことに、多くの案にメジャーなものへの反骨精神や繊細で弱いものを救い、守ろうとする優しさがあったこと、そしてそれが個人的にとても嬉しかったことも付け加えておく。大量生産大量消費の時代にマスを相手にせざるを得なかった建築家は、平均化、抽象化の思考によって多様性や具象性、地域性を結果として抑圧したわけだが、それが確実に反転していることを実感した。

最後に、このコンペに参加してくれた全ての人と、主催してくれた公益財団法人ユニオン造形文化財団に感謝します。

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Profile

1974年東京生まれ。鎌倉と金沢で少年時代を過ごす。

1999年明治大学大学院で建築学修士を修めた後、隈研吾建築都市設計事務所を経て

2002年NAP建築設計事務所設立。

 

自然現象や人々のふるまい、心の動きに寄りそう「微視的設計」による、「建築・自然・身体」の有機的関係の構築を信条としている。そしてそれらが地域の歴史や文化、産業、素材等に基づいた「そこにしかない建築」と協奏することを目指している。

受賞歴に日本建築学会賞(作品)、日本建築家協会賞、日本建築家協会環境建築賞 最優秀賞、ARCASIA Awards for Architecture ほか

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