審査講評

テーマ:「あなたの「どこでもドア」」

審査員/安田 幸一  氏 

 今回の「どこでもドア」という課題は、建築に関するほとんどの領域をカバーできるくらい広いテーマである。例えば、文字どおり空間のトランスポーテーションとして提案するのか、自然と人工の狭間と考えてその対比を提示するのか、空間と空間の距離を取るための迷路をつくるか、あるいは現実と夢の間を彷徨う空間を提案するのか等々、アイデアは無限に出てくるはずだと考えて課題を出した。
 審査過程で図面をじっくり見ていると、一枚の中に様々なドラマが織り込まれており、審査する側の読解力を試しているような挑戦的なものもあって、汗をかきながら楽しい時を過ごさせていただいた。

 その中で、最優秀になった佐野君の案は、「記憶形」と題し自己の15の空間体験を連続的に表現している。すでに一枚一枚のドアは意味を喪失し、全ての記憶が混在し溶け合っている。人の記憶は、はっきりと区分できないことも示唆している。「どこでもドア」という課題に対して、時間という概念が最も有効であることをストレートに表現した奥深い回答であった。画像が横転、反復、反転したものが重ね合いより複雑な空間と変幻した佐野君の脳の中を覗いているように錯覚して楽しかった。

 優秀賞の小林君は、Vの字型をした扉を北半球と南半球にまたがるワンルームの真ん中に挿入して、時刻毎の太陽の位置を計算しながらも常に陽当たりの良い場所を作り出すというまさに「どこでもドア」ならではの異空間を創出している。快適な空間を季節に左右されずに得ることができる夢の空間である。
 打って変わって、同じく優秀賞の齊藤君の案はドアの向こう側にたった3mmの奥行きで周辺景観を受け入れる遠近感のある空間を創り出している。都会の無味乾燥な仮囲いの壁面に突如奥行きのある空間が一枚のドアを介して広がっている痛快なアイデアである。シンプルであるが力強い案である。

 佳作Aの鬼頭君の案は、こちら側と向こう側の空間の間に挿入された透明なベールに包まれた隠れ家の提案である。郊外の小さな教会前に「ここでもドア」から覗き見える景色は、独りで味わえる至福の景色である。景色に溶け込みドアだけが立っているドローイングはとても美しい。
 ニコラ君の案は、ガチャガチャで手に入れた鍵で未知のドアを開けるという探検がテーマである。ドアの向こう側には何が待ち受けているかわからない。まさに「どこでもドア」の醍醐味はここにある。都市部や地方都市でも問題になっている空き家対策としても面白いかもしれない。ユニークなドローイングタッチも魅力的である。

 佳作Bの岡田君の「ドアのないドア」は予想していなかった案である。美術館の展示空間には、開口部は必要がない。邪魔なだけである。展示作品に集中して、満足したら次の展示室へドアではないドアを通って移動する。どこかで実現してみたい案である。
 山口君の案は、選ばなかった道をたどるとどういう人生だったか、誰もが持っている甘酸っぱい気持ちを美しいドローイングで表現している。別の人生へのドアを開けるか開けないか、我々は毎日毎日、あるいは毎分毎分選択しているのだということを改めて考えさせられる案であった。
 齊藤佑樹君の「思い出の液体ドア」は、思い出の詰まった実家をガラスでキャストするというタイムマシーン的、あるいは「時間よ止まれ」案である。透明で冷たいガラスで写し出された過去がノスタルジーを超えて新しい未来につながることを期待したい。
 瀬藤君の「ドアの実が落ちる」という提案は、錯乱のニューヨークに出てくるエレベーターで出会う空間体験をより強調したものである。こちら側と向こう側が多対多になっており、樹木のアナロジーによって、その構成を強く主張している。
 大田君の土着的トイレは、最も普通のドアから、最も遠い世界へつながっていくという「どこでもドア」ストレートど真ん中な案である。暗いトイレ空間から様々な楽しい空間へつながるというアイデアをうまく表現している。
 そのほか安東君、池野君、井上君もいいアイデアを出してくれた。佳作Cとして評価したい。

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Profile

安田 幸一(やすだこういち)

建築家 東京工業大学教授

1983年に東京工業大学大学院修了後、日建設計に勤務。
1989年にはイェール大学の修士課程を修了、
1988年からニューヨークのバーナード ・ チュミ ・ アーキテクツに3年間勤務。
日建設計を退社した後、2002年東京工業大学准教授に就任し、同年安田アトリエを設立。
現在教授。

主な建築作品として

「ポーラ美術館(村野藤吾賞・日本建築学会賞)」
「東京工業大学緑が丘1号館レトロフィット(グッドデザイン金賞・日本建築学会作品選奨)」
「TOTOレストルームアイテム01(グッドデザイン金賞)」
「東京造形大学 CS PLAZA(BCS賞)」
「東京工業大学附属図書館(BCS賞・日本建築学会作品選奨)」
などがある。