佳作

長針と短針の家

新 雄太

東京芸術大学 大学院 美術研究科 建築学

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この住宅には、時計がない。刻を知るのは、水面の影や互いの距離などによる、相対的な他者との関係性からだ。何時、如何なるときも、一時間に一度、生活は重なり合う。われわれが依存している、時間という不変の流体の中に、日々更新される生活の場を投じる。そこに住まう自己と俯瞰する自己。生体と客体は、常に入れ替わりながら水面を濁らせていく。
時計という一定の運動の上に、毎日の生活リズムを被せることで、物理的な相互の現象が表面化するのでは、と考えた。時間による場の価値が、同じ床であるにも関わらず、刻々と変化していく。見えない数値のつくる空間性は、時計を介してわれわれの行為を規定する。ならば、その媒介である長針と短針の関係性にドメスティックなヴォリュームを与えることで、目に見える空間性となり、陽の位置や影、水、家具等の環境という他者性に今度は依存していく自己に気付くことになる。