研究報告要約

調査研究

31-144

目的

川井 操

本研究は、アジア圏で頻繁に起こる洪水災害を想定し、臨地調査によって居住環境の特性を解明し、地域固有のサスティナブルデザインによる災害対策建築を提案・実施することを目的とする。

近年アジア圏では、2011年3月東日本大震災に代表されるように、津波や台風といった沿岸、河川部の自然災害が顕著である。2013年に発生したフィリピン台風災害では、6201名の死者、倒壊家屋114万棟の多大なる被害を与えた。なかでも、最も被害を受けたレイテ州では、既存家屋の70〜80%が倒壊したと報告された。洪水災害においては、近年では2011年のタイ洪水が挙げられる。チャオプラヤー川流域が氾濫し、首都バンコクでも多くの建築が冠水し、都市機能を著しく停滞させた。2000年以降、最も多大な被害を与えたのは、2004年のスマトラ島沖大地震である。東南アジア海域圏全域に被害を及ぼし、死者数22万人、負傷者13万人に及んだ。その大多数は津波による二次災害であった。

こうした災害復興建築に関するサスティナブルデザインの代表的な事例として建築家・坂茂氏による紙菅を使った一連の災害復興建築が挙げられる。紙管の持つ性質、軽量性、施工性、リサイクル性などによって、緊急時における仮設住宅として現在も積極的に用いられる。代表的な事例として、2005年のスマトラ島沖大地震後のスリランカ災害復興住宅が挙げられる。一方で、企画化された仮設住宅はあくまでも最低限の空間を確保するための器にとどまっており、復興後の恒久住宅としての現地構法の採用やインフラ機能を改善するための提案には及んでいない。

一方で、古来より水際空間に住み続け、環境に冗長性を持って対応する伝統建築を作り出し、水運としての河川や湖、漁業産業などを生業にして自然と寄り添った生活をするエリアがある。現代におけるエネルギー問題や過剰にインフラ整備された都市建築に対して、今一度これらの自然と重なり合う生活や文化を参照し、サスティナブルな建築として捉え直す機会にあるといえる。
 
そこで本研究は河川の氾濫・洪水と寄り添いながらの暮らしが残るメコンデルタの水際の生活圏に焦点を当て、臨地調査に基づいて、その気候、風土、文化を踏襲したサスティナブル建築を提案することを目的とする。さらに、災害時を想定した上下水道や風力を用いた室内環境の改善を目指すインフラ機能を備えたサスティナブル建築を実践的に作り出すことを目的とする。

内容

調査対象地: 
2016年から既にメコンデルタ周辺都市の継続的な臨地調査(カンボジア・シュリムアップ、ベトナム・ミトー、カントー)を行なっているが、本研究では水際空間の生活が色濃く残り、カンボジアとの国境に隣接するチャウドックに焦点を当てた。
現地調査:
2019年8月と9月の2度にわたる臨地調査によって、チャウドック周辺環境の実測・施設分布図の作成、ヒアリング調査を行った。
チャウドックの浸水域と床高:
チャウドックでは、毎年の雨期にある浸水と20年に1度の脅威としての洪水がある。特に 2000年の洪水では過去最も大きな被害で海抜4.9mであった。現在、基本的には、住居単位ごとで2000年の最大水位より床高が高い位置に設定されている。
ある住民へのヒアリングから2000年の洪水時に床上420mm浸水した。洪水後に+500mm母屋のジャッキアップが行われ増築もその高さを基準に行われた。
輪中化による居住空間の変化:
2000年の大洪水後、2001年から輪中化と再定住計画が政府主導により進められた。輪中化とは農地の囲い込みである。輪中堤の高さは2000年の洪水の海抜4.9mより高く設定されて建設された。一方で、浸水がないので輪中の内側の高床式住居では、床下空間が生活ゴミや廃棄物が溜まっている状況である。
居住エリアによる類型化:
チャウドックの居住エリアは、輪中堤の内と外に分類できる。
A.輪中外平地居住エリア (川から距離がある平地)
B.輪中外川沿い居住エリア
C.輪中内田園居住エリア (輪中堤内で住居背部に水田がある)
D.輪中内居住エリア ( 輪中堤内で水田がない )
各住居の床面の高さは若干の高さの違いはあるが輪中堤の高さとほぼ同じに設定されている。輪中堤の高さを基準にして地盤高を比較すると、A=−2.4m、B=−1.7m、C=−2.8m、D=−1.7mである。
床下空間の使われ方:
A. 輪中外平地居住エリアでは、床下空間は環境的に日中の強い日差しを避け、風通しもよく湿気を避けるが、地盤面と最も近い距離にあり雨期の浸水の影響を受けやすい。それによって浸水に対応するために仮設的な使われ方がみられる。
B. 輪中外川沿い居住エリアでは、川の増水に合わせた高さに平行地盤を設けて鶏小屋としている。
C. 輪中内田園居住エリアの床下空間では、雨期の水つまり、管理者の不在によりゴミや湿気が溜まりスラム化し居場所として使われなくなった。
D.輪中内居住エリアの住居では、地盤面を抑えつけるためのプレキャストコンクリートで作られた舗装材が敷地全体に詰められた。一方で2018年には川や周辺池の増水、排水処理がうまくできず雨水が敷地後背部に溢れた。床下空間はハンモック、駐輪場、倉庫として使われている。

他地域との比較調査:チャオプラヤー川中流域集落の視察・現地調査
9月にタイチャオプラヤー川中流域アユタヤにあるバンバーン集落にて、地盤の高さの異なる立地毎に、高床式住居の実測調査、仮説的な木構法システムに関する実測調査、浸水域に関するヒアリング調査、を実施した。その結果、洪水時に解体された部材が転用されやすいように同じ部材厚で統一されていることがわかった。またバンコク市内チャオプラヤー川に隣接するワットポー集落の視察をおこなった。

方法

1.災害対策モデル周辺の環境調査
 まずチャウドックの都市悉皆調査(対象敷地周辺の建築類型、環境条件、生活実態の調査・ヒアリング)を進めていった。既に行政、住民と協議を重ねた対象敷地の選定は行なった。

2.災害対策建築モデルの基本設計案の作成・検討
上述したチャウドックのリサーチデータを基にして、基本設計案の作成・検討をおこなった。具体的には、過去の水害高さ、被害状況、建築での対応策、構法についてリサーチを踏まえて検討した。

3.現地材料による構法・環境性能の検討
現地で用いられる木材、石材、プレキャストコンクリート、などの素材を調査して、それらを踏まえた設計検討をおこなった。環境面においては、コンピュータ解析による採光、通風環境のシュミレーションを進行中である。

4.実施図面の作成・施工準備
現在、対象地において実施図面と施工準備を現地カウンターパートと進めている。

結論・考察

まとめ:
今回、チャウドックの居住エリアを大きく輪中の外側と内側に分類、類型化 ( 輪中外平地居住エリア / 輪中外川沿い居住エリア / 輪中内田園居住エリア / 輪中内居住エリア ) し、近代インフラの輪中堤の内側と外側で床下空間にどう違いがあるのかを明らかにした。
①輪中外は川からの毎年の雨期の浸水がある。一方で、輪中内は川からの浸水はない。ただ、排水処理がうまくいかず雨水が溢れてしまう場合がある。
②輪中堤からの床面高さはどのエリアもほぼ同じだが地盤高が違った。輪中堤からの地盤高の違いは輪中外のA=−2.4m、B=−1.7m、輪中内のC=−2.8m、D=−1.7mである。
③輪中外は、床下空間で浸水する地盤面に対応した仮設的な使われ方がみられた。輪中内C は管理者の不在によりスラム化が進み床下空間が使われていない。輪中内Dは、塀による地盤面の所有の可視化により住人の管理が行われ、私的な使われ方がみられた。

提案内容:
以上を踏まえて、今回の提案対象地は. 水際空間と距離を持ちながら、床下空間の腐敗が深刻となりつつ輪中外のDを対象地とした。かつての最大水害高さから設計の基準値となる高床レベルを設定して設計を進めている。さらにコンクリート素材の地盤面から浸水性のある素材の検討、さらに災害時に、建物全体をジャッキアップできる柱と床の接合ディテールの開発を検討している。

英文要約

研究題目

A Practical Study on Disaster Prevention Architectural Model with Sustainable Design in Mekong Delta Flood Area

申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名

Misao Kawai
University of Shiga Prefecture, Associate Professor

本文

A Practical Study on Disaster Prevention Architectural Model with Sustainable Design in Mekong Delta Flood Area
The purpose of this study is to predict the flood disasters that frequently occur in the Asian region, clarify the characteristics of the living environment through field surveys, and propose disaster-prevention architecture with sustainable design of regional peculiarity.
The research area is Chau Doc, which is located near the border between Cambodia and Vietnam, where the life at the waterside still remains.
The living areas of Chau Doc are classified into outer and inner ring. We clarified how there is a difference in the underfloor space between inner and outer ring of modern infrastructure.
We are proceeding with the design by setting a high floor level based on the maximum flood damage in the past.
Furthermore, the ground surface of the concrete material has been removed, and a material with water infiltration is being considered.
We are studying the development of joint details of columns and floors that can jack up the entire building in the disaster.